表題案内なし 出だし途中から始まる
昭和50年11月18日 月例祭
※途中から始まる
で、まあ(?)ったり(?)んだりする内に、そのおかげで一つおかげを頂きなさいと言うとりましたから、もう日に何遍電話が掛かってくるか分からん、「もう難しかもう難しか」と云う様な電話でもう夜も夜中も、これは何時もです夜も夜中も無いごと掛かって来るです。そしておかげを頂いて明くる日に、唯「おかげを頂きました」っち言うだけです、本当にそげんです。
もう私は、本当に「もうこん奴ばっかりはお供えひとつしみちな知らん」と私がもし思うたらば、何十年間おかげは頂き続けないです、私は本当に人が助かる事だから、もう先生のその無邪気なところを神様にお取次ぎさせて頂いて、おかげ頂いておるんですけれども。その、今度の大変な患者、あの者の時には、そちらへもういっとりました。
もうそれを私はどれほど生神金光大神様、親先生と言うて、患者の前をうろうろしたか、もう自分もどげんしたか分からんで、あの今度ばっかりはおかげ頂きましたと言うて、言うておられます。そりゃ金光様を念ずる事、頼む事、縋る事においては、もう本当に、それこそ学者に似合わん、あの何にも分からない者の様な縋り方をなさった、そこがまあおかげを頂かれるところでありましょうけれども。
「今日ばっかりは熊谷さん、私はあなたの信心を見せて頂きよってから思いました事は、もう合楽におかげを頂いて何十年間どれほど神様に借金が出けておるであろうかと、今日ばっかりは分からして頂いた」と言うて、心から仰ったそうです。何十年ぶりでも、しかし分かれば良いですね、何十年たっても、それはね、お参りをしたお供えをしたというので、信心が出けたとか、または神様に借金になっていないとかと云う事はないのです。 まあ、私も言わない何十年間言わずにお取次ぎさせて頂いた事も、又はそれこそまあ普通で言うならあつかましゅう、毎日毎日同じお願いばっかりしてと言う所でしょうけれども、その無邪気なんです。もうそれこそ、あの乳飲み子が母親の膝に、こう這い上がって行く様な感じです。
もうこれは以前の事でしたけれども、例えばあの野球なんかをされます、「もう今度一遍じゃんけんに勝たして下さい」っち言うちから電話が掛かって来るです、まあその時分まだ、(?)の方の、方におられました、病院に勤めておられた、そしてから、また二度目で、「もう、また今度一遍で良かんけんでお願いします」と、「この前んとはどげんやったつの?」「おかげで勝ちました」と、と言うぐらいな、ような信心でした。
本当そげんでした。だからもう本当に、もうこの頃あげんなっとるけんで、お願い(?)、「こんな時に( ? )っちから参られん」と、云う様な気持がさらさらないところが素晴らしい、だからおかげを受けると云う事だけにおいては、本当に素晴らしい、もうそれこそね、もう一つはやっぱ人が助かるという御用をしておられるからでしょうね。もう神様は本当に、小野病院でまだ死んだ者がなか、と言う位におかげ頂いておるですね。 もう是なんか他から見て、お医者さんも、もう99%ダメだっち、その一つにかけて、もうそれこそ自分がその患者の前でうろうろするごと、「生神金光大神様、親先生」と言うて、どげんしたか分からんでおかげを頂いたというんです、そして、今日熊谷さんの信心を、後ろ姿を見せて頂いてです、「今日ばっかりは熊谷さん、私は何十年間合楽におかげを頂いて、どれほど神様に借金をしておるやら分からんと言う事に気が付いた」と言うて、お話をされたと云う事を聞かせて頂いて、本当に有り難い事だとこう思わして貰いました。
お互い一つ、本気で信心の稽古、言わば小野先生じゃないけれども、借金にならない様な、と言うのは、神様が喜んでおかげを下さる、おかげでなからなければいけないと云う事なんです。神様が喜んでおかげを下さる、言うならば神も喜び氏子も喜びそれを取り次がれたところの、金光大神をもの喜びじゃと云う様な信心でなからにゃいけません、そういう信心のここには稽古に来るところだとお知らせ・・・
私は今朝、先ほど、私の一番下の、栄四郎と申します、いわゆる栄四郎先生がここで、電報を勤めておりました。お話を頂きながら、はぁほんに今朝方からお夢頂いておった、その事じゃったばいなと、( ? )、お話を聞きながら思い出した。
ある人が、寿司屋の弟子に、小僧さんに行っとるわけです、そして、その主人やらその兄弟子やらに色々習い、習いよるけども、そのまあ教えんけれども、その誰かが「お前、そげん何も出けんなら握り飯なっとん作ってみれ」と言われるとば、握り飯を作りよる、中に漬物か何かを入れて、そしたらもう漬物が外へ出てしもうてから、三角の妙なまん丸のてまりのごたる寿司をその人が作っておるところを頂いた。
仕事というものは、何でもちゃんと親方達がするところを見てから、覚えにゃならん、「これを見てみれ」と言うて、その見せておる人が、あの丁度お寿司でですね二見が浦を作ってる、(?)、本当に(?)じゃ大したこっちゃある、私もその夢を見せて頂きながらです、ああいうそのお寿司屋さんの職人さん達の、名人達があんなものを作って、あのデパートあたり、展示する様な事がありますでしょ、お寿司で出けた、(?)、握り飯どころではない、握り寿司どころではない。
もういなり寿司いなり寿司どころではない、そういう芸術品の様な物までが、出ける程しの事が出けれる、それにその小僧さんは、うろうろしておって何にも出けん、そしたらその小僧さんも中々気のきいた小僧さんでですね、ちょっとこんくらいばっかりまぁる握ってから、海苔をこう巻いて、そして楊枝をね、四本こうこう指したんですよ、そしてから「先生ちょいと見て下さい、これは豚です」っち言いよるところを頂いた。(笑)。
はぁ本当に、栄四郎の話を聞きながらね、本当にこの事だったなぁと思ったんです。こうかでまぁる握って海苔をこう巻いとる、そしてそれに楊枝ば四本指しとるもん、してから「豚ば作りました」っち言うちから、その言いよるところ。けれども矢張り、その小僧にでも行こうというのだから、本気で覚えようとしておる事だけは事実なんです。
例えば栄四郎なんかが御道の、言うならば、もう宿命的にですね、御道の教師にならねばならない、そしてなったからには矢張り、人が助かる様な取次ぎ者としてのおかげを頂かんならんという、まあ自責の念もありましょう、最近は熱心に、矢張り稽古をしておるのが、親の目からも分ります。今日もお話をしておりました様に、先日の青年会の時に、指導を受けたのが、正義先生と麻生さんが先輩として出られた。そこで色々話をしたり質問をしたらね。
正義先生がね、「栄四郎さん、親先生の修行中の時分なね、もうそれこそ後ろ姿から、後光の指しよるごたったよ」と「後ろ姿を拝まにゃおられなかったよ」と、「まぁだまぁだ甘い甘い」って言うた時に、その頭に来たと言う訳です。けれども言われてみればそうだ。当時のなら今日栄四郎の言葉を借りますと、「当時の親先生はもう様々なあらゆる、なら表行もなさっておられた、難儀に取り組んで本気で一生懸命の修行なさっておられた、が、今の合楽ではその表行が全廃になった、しようと思うても出けない。
そこでね、私は心行に取り組む、そして心行によって、言うならば、人から後ろ姿を拝まれるくらいな、自分にならせて頂こうと心行に取り組んでおる」という話を、その話を聞かせて頂きながら、本当に有り難いなぁ、本気で稽古をしようという気になっておる事が有り難いなと思いました。必ず立派な職人になるでしょうね、あの生き方を続けて行きさえすれば。
私が今日今朝方からお夢に頂いた、それこそ親方やら弟子、あの親方弟子達が作った立派な芸術品のような、そのお寿司を見ながら、言わば三角の、言うならおにぎり一つが作れない自分ではあるけれどもそこに何とかしておかげを頂く。例えばまあ馬鹿でも誰でもと云う訳にはいかんでしょうけれども、寿司やの職人に3年なり5年なり行って、言わばお寿司でも、ならお客さんに出すだけの物が出けんごたるというとはおらんです、そりゃ本気になって稽古をするからです。
こりゃ三味線の稽古でも同じ事です、本気で稽古をさして貰おうというならです、昔の芸子さんというのは普通大体言わば、家庭の貧しい人達が、まあ芸子さんになりましたよね、だから音楽的な才能とか何とかもあった筈はないですけれども、本気で踊りを覚えんならん、三味線を覚えんならんと思うから、言うならどういう難曲でも弾きこなせれる。 その代わり(?)血の出るごと、何時も叩かれながら習うのです。だから問題はね、本気で稽古をしようという気になるかならないかと云う事なんです。ただお参りをして、ただ食べられさえすれば良い、どげん握っとったちゃ、腹さえふとうなりゃ良かと言った様なおかげではなくてです、それこそ寿司屋の職人になろうと、小僧から入らして頂いたならば、何年後にかには、必ず職人になります様にです、それは本気でなろうというからです。
なら皆さんがです、一人一人が皆御道の教師にならんなんてんなんてん云う事はありません、だから御道の教師と信者と信心が、違うても良いと云う事はありません。本気で信心の稽古をするので御座いますから。今朝からも、皆さんに聞いて頂いた事を、栄四郎が言ってました。「不浄、毒断、平日の通り」と、云う所を焦点にしてお話を致しましたが、今日はその「平日」というところに絞って、「平日の通り」と云う事に絞って一日、様々な心行に取り組まして頂いたと、言うております。今日は私、朝の御理解の中にも申しましたが。
昨日毎月あの、「八波」という御本を鶴見教会、こちらからもおかげの泉を送ります、あちらも必ずこうやって送って下さるんです。ここの教会にもあのみえました事のある先生です。の所の本に裏にこう言う事が書いてありました。「金光教の信心をさせて頂くと」と書いてあるね。
「一つ、身体も心も共に健康になります。二つ、子供や孫達が信心の道に入り、世のお役に立ち永く繁栄致します。三つ、家庭が円満になり今日一日が楽しく明るくなります。四つ、財産も出け精神面も豊かになり、生きる喜びが心から自然に出て来て、力強く将来に希望が生まれます。五つ、強い信念と力と人徳、神徳が頂けます。金光教の信心は教会の参拝から始まります」と。
これはもう一つもオーバーではないです、もうこの通りのおかげが受けられるです、皆さんだから、この通りのおかげが頂けてないならば、まぁだ信心が足りんのだと思うて、そこに焦点を置いて信心しなければいけません、第一不安のない喜びの生活が出ける。子供達は付いて来る。家は繁盛して行く。もう絶対只今ここに申しました、六つに分けて書いて御座いますが、このおかげが頂けるのが金光教です。だからうんならお参りをしよれば、こういうおかげが受けられるかと言うと、決してそうではない。「金光教の信心をさせて頂くと」と書いてありますけれども。
金光教の信心が、身に付いたらと言う事で御座います。金光教の信心が、言わば血になり肉になり、信心によって百姓をし、信心によって商売をさして貰う、御道の信心に基づいて日常生活が出けると言う様な事になればです、この通りのおかげ、いや、これ以上の、まぁだまぁだ言葉には表し得ないおかげの世界が開けて来る事はもう絶対であります。 そこでです、私共が唯目先目先に起きておる難儀をお願いします、これば頼まんならんけんお参りをしておるという信心から、本気で信心の稽古をさして貰うと言う事にならなければならない。その信心の稽古をさして頂くならばです。それこそ、小僧さんが寿司屋の職人になる為に、小僧から入る様に芸子さん達がです、まあ今はそうじゃないでしょうけれども、身を売る様にして継ぎ込んで、しかも三味線やら踊りやら見た事も聞いた事もない様な人達がです。
矢張りもうそれこそ膝から血の出る様に叩かれながらもです、あれ叩かれはじゃないけれども、前に座ってお師匠さんがもう三味線の一辺か二辺しか引いてやらんです、後はその口三味線です「チントンシャン、はいチントンシャン」と言うて、あまりに教える方に力の入ってきますから膝を叩く訳です。だからもう膝は血の出る様になるんです。
それは本気で覚えようとするから、それに耐えるのです。そして言うならば、本当に自分にも思いもつかなかった様な難曲が、言うならば、引きこなせたり、踊りこなせたりする様になるのです。信心もね、私はどうも日本人の信心のその観念というものが、悲しい時の神頼み的な神で、おかげを頂く為に、神様が御座る様な考え方が出けないところから、そういう観念があるところから、何時まで経っても、唯おかげを頂かなんならんけん、お願いをする。
お取次ぎを。お取次ぎを願い、お取次ぎを頂いて行くという信心。お願いをするけども、そのお願いを通して、信心を頂いて帰るという信心にならなければいけない。それには本気で取り組まなければいけません。
昨夜、合楽会でございました。もう、まあ何時もの事ですけれども、本当におかげを頂いて私自身がおかげを頂きました。色々と皆さんのお話を聞かせて頂いて、頂き終わってから、ここへ出てきました。本当に今日の合楽会には、皆さんもおかげを受けとろうけれども、私自身もおかげを頂きました。あの人この人も皆、ご信者さんの発表を聞かせて頂きながら、本当におかげを頂いたと、お礼を申さして頂いておりましたら、あの「尾」という字、しりっぽの「尾」ですね、この「尾」という字を頂くんです。
まあ、その共励会がすんだというところでしょう、まあだから有り難いお礼を申させて頂きよりましたら、その横にその木偏を頂きました、木偏。どういうになりますか。木偏に尾という字を書いたら、「梶」という字ですよね、梶原君の梶という字になります。私は本当にそれを思うて、「今日の御理解は本当に有り難かった」と。
「今日はおかげ頂いた」と、言うだけで、お礼を申し上げるだけじゃいかん、「今日お前が聞いた一人一人のあの話しというものは、これからの生活の上にです、日常生活の上にです、言うならば、なら梶の役をするような素晴らしい話しばかりであった」と言う事で御座います。
あの人達が今日お話をした、あの一つのお話しでもです、最後に上野先生が、お話をしておりましたが、私は思わずお話しが終わった途端に先生方も二・三人騙っておりましたから、「先生方今、上野先生がお話をしましたね、あのお話がこれは金光教の信者、言うならば御道の取次ぎ者でもさして頂く、これが基本の姿勢だよ、ここから信心は進んで行くのだよ」と言うて、あの先生達に申しました。私も有り難いと思うた。親先生の話の中に、ある時に御本部参拝をされた。
丁度まぁだ前の仮祭場の時でしたが、金光様がお出ましになる、ずっと廊下をお出ましになる、私共はその前でこうやって拝みよった、秋永先生と二人で。そしたら金光様が先導を受けられながら、御装束を着けてこうやってお進みになりながら、こう横に向かってです。(?)下りてこられる内に、そこに(?)の藁シベが落ちとった、そしたらその藁シベをちょっとお拾いになって、袂にに入れられて、こうまたお進みになった。
「秋永先生ほらちょいと見てごらん、あれが金光様の信心だよ」と言うて話した事でした。何十年前の話です。言うならもう金光様は、自分の行くてにその藁シベが一本あったら、もう前には進まれなさらんと言う様な、お話を頂いた事があるが、こういう心の状態で御結界に座ると云う事は大変な事だ、と自分の心を本当に言うならば見直し、見つめ直してです。そしてこれならと言う様な気持で御結界に座らして頂いたら、次ぎから次ぎと新しい方がお参りをして来て、一人一人お取次ぎをさして頂いて、一人一人がです、もう本当に、あの感銘深く私のような者の話でも聞いて頂いた。まあそういう話をもっと、あぁ素晴らしい表現でね。
昨日あの発表しておりました。だからとにかく信心の、もうその基礎と言うか姿勢は是なんだ。自分の心が汚れとろうが果てとろうが、自分の心の中には我情我欲が渦巻いておってもです、平気で神様お願いしますと、成程お取次ぎを頂いておかげを頂いてもです、それでは信心は進まない。教えを頂いたら、愈々信心とは本心の玉を磨くもの、日々の改まりが第一と仰るのだから。
信心のここには稽古に来たのだから、今日はこの事に取り組んでという、生き方、しかも前にはです、例えば藁シベあっても前には進まれないと言う位に、それを拾うて避けて通らして貰うと言う様な心掛け。そういう私は話を昨日合楽会で聞かせて頂いて、ここでのおかげを頂いたというお話、あの頂いというね、お礼を申さして頂いておりましたら、尾の字を頂いた。
あっこれで終わったというんだろうかと思うたら、すぐその横に木偏を頂いた。言うならば、今日お前がそこで有り難いと思うて、それを明くる日の信心に持っていったら、もう言わば間違いのない梶が出けたんです、いきなりじゃない、思う港に着く事が出けるんだと、という程しのみ教えをお互い日々頂いておる訳で御座います。だから本気で信心の稽古をしなければならない。
私も昨日は、その合楽会の中で皆さんに聞いて頂いたんですけれども、丁度福岡から、二人の方が参って来た、商売の上で大変行き詰まっておって、お願いをさせて頂いた。おる教会に参っておられる方でした。それで私が言うなら、私の話しでヒントを得て、大変広大なおかげを頂いたからと言うて、お礼参拝に参りました。その事に私は御神米に、先日から頂いた御理解の「信ずればなり、憂いれば崩れる」と書いて、そして私は神様にその御理解を願わして貰いました。
そしたらね、「信ずればなる」これはもう、皆さんあの皆さんも信じておられるでしょう、本当に確信が出ける、信ずれば成就するんです、何事でも、だからその神様をいよいよ信じて疑わんですむだけの信心の稽古を日常生活の中に現して行かなきゃならんのです。はぁ神様っちゃ間違いがない、本当に一分一厘間違いのないお働きを下さるという神様を信じる力、その力がいよいよ確固たるもの、本当なものになって来る時に、信ずればなる、成就するのです。それは自分の願いだけが成就するのではない、神様の願いまでが成就して行くのです。
ところがね、その信ずればなるだろうけれども、信じられないところに問題がある訳です。そこでです稽古がいるのです、そこで「憂いれば崩れる」と言われるのですから、もう今日を境に、○○さん憂ると言う事を止めなさい、不足と云う事を、不平と云う事を、言うならば、悔むと云う事を止めなさい。これならば本気で取り組んだら出けんことなかろう。今日悔むような問題が起こった、悔む言葉が出ろうとするところを、こりゃどうするかと言おうとする時にです。
「生神金光大神様、親先生」を唱えさして頂くところからです、悔まんですむおかげが頂けるのだ。不平不足を言わんで済むのだ、不平不足を言えば神様が下さろうとしておるそのおかげが崩れるのだから。だからまずはです、不平不足を言わん、言うなら憂いれば崩れると言われるのであるから、今日からは一つ、不平不足を言わん憂えんですむ、本気での修行をなされば、必ず神様の働きをそこに見る、聞く頂く事が出来るんだと。
そこからです、信ずるなと言われても、信じずにはおられないという、信ずればなるという働きが生まれて来るんだと云う訳なんです。皆さんその御理解は、沢山、何回も聞かれたでしょう、けれども、今私がお話を聞いた事は、信じればなる、信じれば成就それは神様の願いが成就する、私共の願いも成就する、本当に神も喜び、氏子も喜び金光大神も喜ぶと云う様なおかげの世界が開けて来る。今日申しましたここに、六つの箇条書きの事を読みました。
こういうおかげが、自分の家庭の中に頂けてくるようになると云う事。神の願いが成就する、そこに始めて私は神様が喜んで下さる、言うならばあの世にも持って行けれるという、またはこの世にも残しておけると言う程しの、おかげになって来るので御座います。どうぞお互いが日々をです、言うならば人生の荒波をこうやって、あっちにも周りこっちにも周り、例えばしておりますけれども、そこに一つの梶というものがなからにゃいけません。
舵を取り損なうとあられぬところへ、その御教えを日々の言わば御理解をです舵と思うてです、しかも昨日私が頂きます様に、皆さんが一人一人に話したあの有り難い話はです、もう言うならば、お互いが幸せへ向かって進む舵にも成程親しいものであると云う事をです、頂きましたのですが。そういう私は、例えば行ぜずして聞かずして、信心の稽古が出来る筈ありません。
頂いたものを本当にそれを実生活の上に現していく稽古を本気でさして頂くところから、始めは矢張り血の涙が出る様な事もあろうけれども、それが自分の身に段々付いて来る様になると、それが有り難う涙になって来て、信心の稽古をさせて頂くと云う事が、有り難いと云う事になるのです。今日栄四郎の話を聞かせて頂きながらです、本気で信心の稽古をしようと思うとるなと、私は感じたです。皆さんだって同じ事、ただ参って拝んでだけが稽古にゃならん。
それこそ、寿司屋、小僧さんですらです、矢張り何年後かには、職人になる事が出来れる様に、「本当に10年も信心が続いたら我ながらわが心を奉れ」と仰せられる様な信心を、いよいよ身に付けて頂きたいと思います。
どうぞ。
十二月の、十日の報徳祭、四神金光大神様、三代金光様のお祭です。これには、あの昔から椛目時代から、沢山お参りをいたしました。そして今年中の、年末のお礼も兼ねてのお参りでございますから、あの今度は五十名、(?)でございましたか早く申し込んでおかりませんと、お参りが出兼用になります。あの今年中のお礼をも含めてのお参りでございますから、是非一つ、一家から一人ぐらいはお参りが出来るようなおかげを頂いて貰いたいと思いますね。 どうぞ。
あっそれから、明日、西久留米教会の記念祭でございます。どうぞ、あの皆さんふるってご参拝を頂きますように、10:30からでしょ?10:30からです、記念祭ですから。 どうぞ。